20年後の未来が今

というわけで今年ももう9月も終わりです。 ちなみにこの2017年の9月というのは、ワタシが本格的に性別移行に取り組みはじめたときから、ちょうど20周年にあたるのですね。 まぁ、性別移行のどの時点からカウントするかで、いつが20周年になるかにも若干の幅はあります。最初におそるおそるこっそり「女装外出」した夜なら1996年の6月なので、20周年は去年に済んでますし、逆にいちおうのフルタイム化が達…

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[3:女の子はつねにすでにプリキュア]女の子は誰でもプリキュアになれるのか?

「女の子がなったものがプリキュアである」。 すなわち前記事で述べたとおり、 プリキュアに憧れた体験を持つ子どもたちが、将来において、その憧れを包含した何らかの意思に基づいて何かになった結果としての、その「何か」がプリキュアと呼べるのだ……… というのは、かなり核心を突いた着眼点だったと自負しているのですが、さて、これは一般的に考えてまったくプリキュアっぽくない実存にもあてはめることが可能な…

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[2:女の子がなったものがプリキュアである]女の子は誰でもプリキュアになれるのか?

「女の子は誰でもプリキュアになれる」。 それは前記事で見たように、ある意味では真でした。 「誰でも」の「誰」が性別で限定されるモンダイについても、さまざまな方策が試みられている中では、引き続きの検討課題として見守っていくものということになりましょう。 まぁ個人的には、プリキュアに魅了され、プリキュアのスピリットを我がものとしながら、その志を実践しようとする者を、ここでは「女の子」と呼んでい…

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[1:男の子プリキュアへの中間回答]女の子は誰でもプリキュアになれるのか?

「女の子は誰でもプリキュアになれる」。 元々は2012年3月公開の劇場版『映画 プリキュアオールスターズ NewStage みらいのともだち』のキャッチコピー的な位置づけの言葉でしたが、その後も1映画タイトルの枠を越え、プリキュアシリーズ全体に通底するコンセプトとしても通用している言葉です。 番組を提供しているスポンサーの立場からすれば、テレビの前のチビっ子たちが「自分もプリキュアになれるか…

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本当は恐ろしい「性の賞品化」

◇◇モンゴル民話を元にした『スーホの白い馬』の絵本は、すでに名作の評価を受けて久しいでしょう。小学校の国語の教科書に掲載されたこともあります。 ただ、これを今日において題材・教材に用いるとすれば、この2010年代に見合った配慮はほしいところです。 具体的にはお姫様が競馬大会の「賞品」に位置づけられちゃってるところ。ナンですか、競馬大会で優勝すれば姫とケッコンできるって!? あのくだりは話の…

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ようこそ美少女動物園へ(または「かばんちゃんには性別がないし、ジャパリパークには性別概念が存在しない」)

「日本のアニメは《美少女動物園》だ!」といった、誤解と偏見に基づく悪意に満ちた言説は、しばしば聞かれるところです。 この場合《美少女動物園》とは、「男性にとって都合が良い ただ単に可愛いだけの主体性を持たない美少女キャラがたくさん登場し、それをキモいオタク男性が性的な目線で視聴するために作られているようなアニメ作品」といった意味あいなのでしょう。 むろん、そうした批判が妥当する要素が部分的に…

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