おりしも世の中は運動会の季節。
この週末が運動会・体育祭だという学校も少なくないのではないでしょうか。
わが娘・満咲の小学校でも、運動会の練習がたけなわといった感じですが、昨今は少子化のおり、クライマックスの組立体操(=組み体操、その他多少の表現バリエーションあり、以下同じ)を、5,6年生合同でおこなうというパターンが少なくないようです。
※ワタシの小学生時代には6年生のみ
そんなわけで5年生となった満咲は、毎日のように組立体操の練習に励んでいるようなのですが、ソレがまた、とても楽しげな様子なのですナ(^o^;)。
あまつさえ休日にまでフォーメーションを組む者どうしで集まって自主練習をするほどのはりきりぶり。
いゃ、やっぱ、そこまでがんばりたくなるほど、みんなで運動会に取り組みのが好きというのは、もちろん素晴らしいことです。
◎他にも、小柄で敏捷な満咲は女子ピラミッドのてっぺんの座を狙っていたようなのですが、今年度はそこは6年生に譲らざるを得なかったようで、若干残念そうだったり。
もっとも同学年にも、同じくらい小柄で敏捷な子がもう1人いて、来年度には女子ピラミッドてっぺんの座の最大のライバルになりそうとか。…イザとなったらトゥシューズに画鋲を入れたり入れられたりという展開のパターンですが、それがまた、そんなことは起こりえないほど、その子ともとても仲がよいそうです。
しかし、満咲のそんなところを見ていると、やっぱりアレですね。
性別違和がなければ、こんなにも社会と調和できるのかと――。
組立体操にはいささかトラウマがある“お父さん”としては、ちょっぴりうらやましいし、できることなら私も昔に戻って、そして女の子として生き直してみたいものです。
むろん、現実に希望と違うかたちで生きてしまった過去にだって、それゆえの意味があるし、その上に今の自分が築かれているということは、わかってはいるんですけどね。
ただ、人をまずは男女で仕分けてしまう社会システムが、それに適合できない場合には、それほどにも個人の体験や人格形成に影を落とすということなのかもしれません。
※満咲の場合は、性別違和がないからというよりは、そうしたシステムにうまく取り込まれずに距離を保っていられているから大丈夫なのかも!?
§“お父さん”の組立体操をめぐる暗い過去(!?)は『女が少年だったころ』112ページ~で!!
で、そんな運動会の練習が続くシーズンになると特に顕著になるのが、子どもの砂埃っぽさ(元々子どもという存在には通年的に言える傾向ですが)。
学校から帰ってきて、玄関を上がってくるやいなや、なんか急に廊下がザラザラと……。
そして子どもの身体をちょっとハタいただけで、砂がばらばらと落ちてくる始末(>_<)。
あまりのことに、私は思わず叫びます。
「ミサキ! お前……、イマジンに憑りつかれてるゾ!! 何か過去に心残りでもあるんか!?(@『仮面ライダー電王』)」
……ぃや、過去に心残りがあるのは“お父さん”のほうなんですけどネ(^o^;)
◇ところで学校の運動会の後しばらくした週末は、また地域のコミュニティ運動会なのですが、こちらが相変わらず種目が男女別で徹底しているのでワタシが参加できないのは、以前と同様ですね。
そして【男女別】といえば、それよりも今はまさに国勢調査!
あいも変わらず性別欄は二択にしかなっていません。
これでは住民の多様な生活実態を把握するという調査目的が果たせないのに…(~_~)
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